探偵が社会のため貢献できる事は限られている
事実、職業探偵は「報酬」の為に調査を行うためボランティアなどではとうてい動く事ができない。
探偵が扱う案件も他人に相談しづらい極めてプライベートに関わる問題が多く、結果的に社会貢献したとしても表沙汰になることは皆無であろう。
探偵物語のように「組織的悪」を根絶したり「世にはびこる汚職」などが表面化する事など無いのが現実である。 長く探偵を続けていると、何が悪で何が正義なのか混乱する事がある。
簡単に言えば、調べる側が悪の場合には悪の言い分が存在し、調べる側が正義であったとしてもやり過ぎな追い詰め方などで正義に見えない案件もちらほら・・・・
言い分に筋が通っていても方法が行き過ぎていれば悪にもなりうる。「それが世の中」と言われれば探偵は依頼人に従うだろう。
本心は何か違うと思っている案件は世の中に無数に存在し、探偵個人の倫理観が試される瞬間でもある。
もし、探偵が社会貢献できる事があるとするならば、「探偵個人の倫理観」を個々に向上する他方法がないと個人的には考えている。
しかし、その倫理観向上のための努力をしている同業者がどれほど存在するかは甚だ疑問ではあるが。
多くの探偵事務所は「見せかけだけの低料金」を謳うなど、手段を選ばず他社を蹴落とすことに注力しているように見える。
同業である分、他社のやろうとしていることも見え透いてわかってしまうのだ。
正直、業界では大手と言われる探偵事務所ほどそういったことをする傾向がある。
金にものを言わせての利益至上主義は探偵業界にも蔓延している。
探偵物語
世の中には探偵を職業にし調査を実施した経験者が多数存在していることと思う。
探偵を経験した本人のみが知る現場の空気や感触は依頼人に細かに伝わる事が残念ながら少ない。
そんな探偵達は被調査人である対象者のリアルを垣間見る日常を送っている。
平凡な人もいれば、破天荒な人もおり、さまざまな環境にある人の生活を短期間でも覗いているのである。
当然ながら依頼人が見知り得ない時間を記録し報告する事で依頼人が疑う疑惑や悩みを解消しようと努力する。
感情をむき出しに調査を依頼する依頼人達は金額に関係なく「気が済むか?」が調査を実施する基準となっている。
気が済まない依頼人達の価値観は第三者には理解不能であろう。
探偵への調査費用に1000万円費やす依頼人も過去には何人も存在しているのだから。
探偵が出会い過ぎてゆく数々の依頼人の思いが「探偵物語」そのものと言えるだろう。
依頼人のみが持つ価値観で探偵の調査は実施されることが少なくないのである。
いわばモラルや善悪の判断では説明できない価値観である。
こう言ってはなんだが、ドラマや映画のようなきれいごとでは決して語ることはできないのだ。
人間という生き物の本質は「個々の価値観で大きく異なる」と言え、化け物のような価値観と対峙する機会がある探偵は「常識とかけ離れた判断や認識」が必要な存在なのである。
あまり良いとは言えないことだが、探偵業を経験したことによって一種の人間不信になる人もいる。
それほどに世の中に存在する個々の常識や価値観には大きな差が存在し、その個人差から生じる判断の違いによって「人物の見え方が異なる」と言える。
依頼人から聞かされている情報とは違った姿を対象者に見る場合もある。